

1. 世界観
2. 執事について
3. 探偵について
4. 旅人について
5. 司令について
6. 案内人について
7. 奇術師について
8. 司書について
9. 皇子について
10. 怪盗について
11. 神父について(⚠️表記有)
12. 霊神について(⚠️表記有)
13. 宝石商について
■ 巣(ココリウム)
現世とも天界とも異なる軸に存在する世界。
人々が手放した浪漫が静かに蓄積し、形を成した場所。
ここでは、忘却された価値や未練、言葉にならなかった憧憬達が息づいている。
巣より直々に招待状を差し出された者達は皆、“ 紳士様 ” と呼ばれる。
彼らに共通するのはただ一つ。
かつて浪漫を愛し、そして自らの意志で手放した者である事。
巣は彼らの為に在る。
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■ 紳士様
紳士様とは、浪漫を失った者達である。
浪漫とは何か。
それは 不要な必需品 であり、必要な不要品 でもある。
生きる為に無くても困らない。
だが失った時、人は確かに心に空白を生むもの。
その喪失を自覚している者だけが、巣の招待状を受け取る。
彼らはこの世界にて、失われた美、忘却された価値、そして己の浪漫と向き合うことになる。
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■ 謁見者(フレンド様)
紳士様自らが招待状を差し出した場合、第三者も巣や彼らの住まう現世へと訪れることが出来る。
そんな彼らは “ 謁見者 ” と呼ばれる。
浪漫の有無は問われない。
ただし、巣はあくまで紳士様の為の世界であり、謁見者が同じ存在となる事はない。
彼らは客人であり、観測者であり、時に彼ら紳士達の変化のきっかけとなるかもしれない。
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■ 世界構造
世界は三層から成る。
・現世
我々の現代に近い世界。
僅かな幻想は存在するが、基本構造は現実と大差はない。
・天界
現世を護る存在が住まう領域。
神に似た生命体が在るが、決して全てが万能である訳ではない。
・巣(ココリウム)
時間軸から外れた、浪漫の終着点。
時により、変化を見せる。
巣は救済ではない。罰でもない。
挙句、再生を保証する場所でもない。
ただ、失われたものと向き合う空間である。
彼は生まれる前から執事となる運命にあった。
それは呪いでも悲劇でもなく、家と家が長い年月をかけて築いた信頼の帰結であり、本人もまた、それを当然の使命として受け入れて居た。
仕える家は代々商業で成功を収めた名家。
彼の家系はその右腕として支え続けてきた一族である。
主と執事は対等ではない。だが信頼は揺るぎない。
彼はその関係に誇りを持ち、自身の役割を一切疑わずに生きてきた。
穏やかで礼儀正しく、常に柔らかな微笑を絶やさない。
突発的な問題にも冷静に対処し、隙の無い所作を見せる為か、周囲からは天才と評される。
しかし実際の所、努力の人間なのだ。
才能ではなく、研鑽の積み重ねによって今の自分を築いた秀才。
人知れぬ場所で何度も失敗し、何度もやり直し、その痕跡だけを徹底して隠してきた。
未熟さや弱さを見せる行為は、仕える家の名を汚すことに等しい。
そう信じて疑わなかった。
今の生き方に不満はない。
忠誠も義務も、彼にとっては誇りである。
それでも時折、胸の奥に小さな疑問が浮かぶ。
これは本当に、自分が選んだ道なのか、と。
その問いは直ぐさまに 忠誠という名の理性に覆い隠される事だろう。
彼は迷わない。迷ってはいけない。
➤ 『私意』の浪漫について
彼が手放した浪漫は『私意』。
自分の意思で選ぶ未来、自分の為だけの願い。それらに名を与えることなく、彼は忠実で在り続けることを選んだのだ。
どの道を歩きたいか、何を好きと言いたいか、誰に仕えるのではなく 何を望むのか。
そうした問いを、彼は抱いたことがないわけではない。
幼い頃、命じられた未来ではなく、自分の足で選ぶ未来を想像したことがある。
だがその度に、彼は理解する。
自分の人生は “ 個人 ” のものでは無く “ 家 ” の物なのだと。
私意とは、役目の外にある感情。
義務の隙間に生まれるささやかな願い。
誰にも必要とされない、だが確かに自分だけの衝動。
彼はそれを未熟さと呼び、誇りのために切り捨てた。
選ばなかった未来に名を与えず、願いを願いのまま終わらせた。
その為 彼は迷わない。
迷う余地を、自ら消したからだ。
だが、完全であろうとする程、心の奥には選ばなかった可能性が静かに積もっていく。
それが自分自身の浪漫だと、彼は知らないフリをし続けている。
私意とは、自分の為に生きるという幻想。
彼にとっては、最も不要で、最も眩しいものだった。
祖父が生涯をかけて営んだ探偵業を引き継ぎ、現在も様々な事件の解決に関わっている男。
常に無愛想で口数は少なく、煙草の煙を纏う姿から 冷静沈着な知性派だと誤解されがちだが、実際は人との距離の詰め方が分からないだけである。
その為、聞き込みや交渉が必要な場面では 自身の得手不得手を理解し、迷わず 古くからの友人である『旅人』の助けを借りる事が多い。
そして意外にも、推理においては 特別な才能を持つ訳ではない。
彼の武器は その驚異の観察力 及び 推察力 にある。
現場に残された痕跡を丁寧に拾い上げ、違和感を重ね、仮説を削り落とし、最後に残ったものを真実とする。
主に彼の推理では『Why done it(ホワイダニット)』を重視し、『何故犯人は事件を起こしたのか』と云う動機から真実を導き出して行く事が多い。
また、元々は警察官であった為か 体術の心得がある。
瞬発力には優れるが、持久戦は不得手。
長く燃え続ける永劫的な焔では無く、刹那的に閃く火花の様な男である。
➤ 過去
学生時代は黒髪だった。
控えめな性格故か、軽んじられる事も多く、卒業後に現在の様な赤色へと染めた。
しかし、それは自己主張なんて物ではなく、彼なりの純潔な威嚇。
自分を守る為の 実に荒っぽい選択だった。
どうやら、内側には負けず嫌いな気質がある様で、理不尽を呑み込む事を良しとしないのだ。
そんな様子を見た当時の旅人は『君って僕に常識を説く割には、時々僕も驚く様な大胆な選択をする時があるよね』と、言われる程だったそう。
➤ 『幻想』の浪漫について
祖父はよく言っていた。
「真実は人を救う」「謎には浪漫がある」と。
だが彼は、長く真実を追い続ける内に気づいてしまった。
真実は必ずしも人を救わない。
謎は解かれた瞬間、ただの事実に成り下がる。
想像は否定され、幻想は剥がされる。
夢は、証拠の前ではあまりにも脆い。
彼はいつしか、空想を楽しむ感性を失ってしまったのだ。
不確かな物を美しいと感じる余白を、自ら削ぎ落としてしまった。
証明できないもの。理屈を越えた奇跡。
“もしかしたら”と胸を躍らせる余地。
それらを切り捨てて辿り着く真実の先は いつも静かで、乾いている。
それでも彼は、今日も煙草に火を灯す。
煙の向こうに揺らぐ幻を振り払いながら、
事実だけを、探し続けている。
彼は、前述した探偵の幼なじみである。
小学生の頃から変わらず、掴みどころのない存在だった彼。
探偵とは真逆な性格で 人当たりは良く、軽口も叩く。
だが、一定以上の距離を越えさせない。
穏やかに笑みを浮かべるも、自身の中へと踏み込ませない。
現在は定住せず、各地を転々としている。
職業は明かさず、問われれば冗談に変え、話題をすり替える。
留まらないこと、名前を持たないこと、肩書きを固定しないこと。それが彼の生き方だ。
然し、何故か定期的に探偵の事務所へは帰って来る様で。
連絡もなく現れ、当然のように居候を始める。
そしてある日、何も告げずにいなくなる。
謝らない。理由も言わない。戻る日も約束しない。
探偵はその度に振り回されながらも、彼が帰って来てくれることに安堵を覚えつつある。
➤ 『約束』の浪漫について
未来を言葉で固定すること。
隣に居続けると誓うこと。
“ またね ”に期限をつけること。
約束とは 希望であると同時に、自分を縛る鎖でもある。
彼はそれを知っている。知ってしまったからこそ、結ばない。
誰かと交わした約束は 守れなかった瞬間に裏切りへと変わる。
未来は常に不確定で、人は簡単に選択を変えてしまう。
ならば最初から誓わなければいい。
彼はそうして 未来に責任を持たない代わりに、誰の未来にも組み込まれない生き方を選んだ。
それでも 探偵の事務所にだけは帰る選択を取る。
約束はない、帰る日も決めない、隣に居る保証もない。
だが、あの扉を開ければ そこに居場所があると知っている。
約束を結ばない代わりに、彼は『帰る』という行為だけを繰り返す。
それは誓いでは無く、言葉にもならない。
ただの習慣になりつつあるのかもしれない。
天界に生きる天童。外見は人間で言えば9歳程度だろう。
可愛らしい容姿と無邪気さを残した言動は、誰の目にも幼く映る。
だが、実際の所は 900年近い時を生きているそう。
それでも尚、天界においては未熟な存在とされる。
彼は天界を統括する司令の座を預かった後任候補者であった。
ただ、現在は 年齢的にも正式な司令官になる事は難しい為、周りの大人や先輩達が助力する形で上層を保っているそう。
ならば何故、彼が幼いながらにしてその座を預かる事となってしまったのか。
それは、前任が突如として姿を消してしまったからだ。
失踪か、消滅か、逃亡か。
誰もその真実を知らない。
ただ一つ確かな事は、前任は長い責務の果てに浪漫を失ったという事だ。
➤ 『憧憬』の浪漫について
未来を信じる力、理想を語る勇気。
まだ見ぬ景色を、美しいと断言する心。
天界を率いる存在でありながら、いつしか彼は夢を語らなくなったのだろう。
正しさと責務に押し潰され、やがて“ 司令である理由 ”を見失ったのかもしれない。
ただ 彼の部屋に 最後に遺されていたもの。
一通の招待状。
本来、浪漫を失った者だけが辿り着くはずの“ 巣 ”へと通じる鍵。
それを、後継者である ベリル・メルは手にした。
拾ったのか、託されたのか。偶然か、必然か。
その真意は分からない。
だが その瞬間から、彼は三つの世界を行き来出来る 唯一の天童となった。
彼、ベリル司令官は浪漫を失っていない。
それは強さではないかもしれない。
まだ折れていないだけかもしれない。
彼は信じているのだ。理想は裏切らないと、憧れは消えないと、夢は守れるものだと。
その純粋さは眩しく、そして危うい。
彼の夢は、立派な司令官になること。
前任の様に、理想を掲げられる存在になること。
然しながら、憧憬とは 抱き続けるほど重くなる浪漫である事。
守ろうとする程に 削れていくものだという事。
それらをまだ知る由もない。
彼は今日も招待状を携え、巣を訪れる。
置き去りにされた浪漫が眠る世界で、前任 と 前任が失った 憧憬 の正体を探している。
そして それを失わずに在る方法も、探している。
丁寧な物腰と柔らかな笑顔を持ち、客にも同僚にも分け隔てなく接する。
場の空気を壊さない事、誰かの役に立つ事。
それらを自然と選ぶ人間だ。
だが彼は不幸体質でもある。
手先は器用で要領も悪くない上、努力も惜しまない。
それでも、肝心な場面で小さな失敗を重ねる。
それは致命的な程では無いのだが、確実に 理想や完遂から一歩遠ざかる類の失敗。
それでも彼は何度でもやり直す。
何度でも 笑って立ち上がる事が出来る。
➤ 『完成』の浪漫について
非の打ち所の無い紳士。
立ち居振る舞いに無駄が無く、知性と気遣いを備え、隙無く洗練された存在。
努力すれば届くと信じていた。
学び、真似をし、磨き続ければ、いつか自分もそこへ辿り着けると。
だが現実は違ったのだ。
どれだけ積み重ねても、必ずどこかで躓く。
自分は完璧には届かない。
その差は どうやっても埋まらない。
故に、やがて彼は理解するのだ。
完成とは 自分には与えられない浪漫なのだと。
だから手放した。
「 未完成でもいい 」 「 自分なりでいい 」
そう言い聞かせることで、理想に届かない自分を守った。
そうして気づけば 巣に招かれていた。
完成を夢見て、完成を否定した者として。
➤ 真意
辿り着いた巣の先で、彼は出会う事となる。
自分の様に 欠けたまま立つ紳士達と。
そして何より、自分が夢見た“完成”を体現する『執事』と云う存在と。
その瞬間、静かに封じたはずの浪漫が疼く。
羨望ではない。嫉妬でもない。
ただ純粋に、美しいと思ってしまった。
それが どうしようもなく怖かった。
もし、完成をもう一度本気で追い始めたら。
もし、浪漫を取り戻してしまったら。
自分はここに居られなくなるのではないか。
未完成だからこそ立てているこの場所を、失ってしまうのではないか。
巣は、浪漫を失った者の世界だ。
完成と云う浪漫を取り戻してしまえば、此処に永くは 居られなくなるのかもしれない。
折角 仲良くなった皆と同じ場所に立てなくなるということかもしれない。
届きたい。
でも、まだここに居る自分を許して欲しい。
彼は 完成を取り戻した訳ではない。
ただ、触れてしまったのだ。
諦めたはずの理想に、再び心を揺らされている。
今も尚、未完成のまま 居場所と理想の間に立っていた。
奇術師 ロゼ 。
その名は舞台の為に選ばれた物であり、本名は不明である。
また、この芸名の由来は曖昧な色を持つ酒の1種である『ロゼワイン』から取られているそうで、世界各国の人々から人気の高いワインである。
そんな彼は 紫を基調とした装いに、片目仮面を纏い、仮面舞踏会にて奇術師として舞台へ立つ。
性格は軽やかでお茶目であり、自分自身を深く愛している 所謂 ナルシスト。
所作も言葉も視線も、その全てが演目の一部であり、己という存在その物を、まるで 一つの作品として扱っているかの様。
だが決して排他的である訳では無く、寧ろその逆だ。
彼は常々こう思う。
“ 生きとし生ける者の人生は、全てが美しい演目だ ” と。
成功も失敗も、歓喜も悲劇も。
舞台の上では等しく価値がある。
だから彼は、軽々しく救いの手を差し伸べる事はしない。
救済を与える事は 物語を変えてしまうからだ。
だが、決して否定もしない。
どんな人生も、それだけで完成していると知っているからだ。
奇術と舞踏は彼なりの哲学だ。
奇術は、嘘だと理解した上で味わう驚き。
舞踏は、言葉を手放した感情の震い。
どちらも現実を否定しない。
ただ、現実をより美しく見せる為の虚構に過ぎない物だ。
➤ 『奇跡』の浪漫について
彼が失った浪漫は『奇跡』 。
そんな彼でも かつては信じていたのだ。
理屈を越えた救い、偶然の重なりが生む祝福、説明のつかない光。
それでも彼は、奇跡を演じ続けた。
驚きを再現し、偶然を仕込み、救いの瞬間を演出した。
奇跡は 必然として起こるものではなかった。
丁寧に、丁寧に。創り上げる物であった。
舞台袖で種を知ってしまったその日から、彼は 自分の中の奇跡を信じる事を辞めた。
観客が息を呑む瞬間、彼は冷静に構造を把握している。
誰かが「魔法みたい」と呟いても、彼はそれを計算として理解している。
奇跡を信じない奇術師。
然し、皮肉ながら 彼は誰よりも美しい奇跡を演出 出来る。
「魔法はいつも貴方の心の中に♪」
その言葉の通り、彼自身は奇跡を見ていない。
だが、その言葉で誰かの夜が少しだけ柔らぐのなら、それはそれで悪くないと思っている。
奇跡を失った代わりに、彼は自分なりの美を選んだ。
信じない、けれど 否定もしない。
奇跡が存在しないと知っているからこそなのか、彼は今日も舞台に立つ。
例え自分が信じていなくとも。
人々が、ほんの一瞬だけでも奇跡を信じられる様に。
現世で司書として働いている男性。
几帳面で堅物。規律と時間を何よりも重んじる。
数分の遅れも許さず、必ず 約束の十分前には所定の位置に立ち、返却棚の乱れさえも一冊単位で正す。
蔵書や展示物の配置は全て頭に入っており、利用者が曖昧な記憶で尋ねて来ても、最短距離で正解へと導く。
口調は淡々としていて無駄が無い。
冗談を言う事は殆どなく、私情を仕事に持ち込まない。
だが、ただ冷酷というわけではない。
誰かを不当に貶す事は決してせず、評価は常に公平。
努力を見逃さず、怠慢も見逃さない。
何より、その厳しさは他人よりも自分へ向いている。
彼の特異性は、その“ 見る目 ”にある。
文章の癖、構図の意図、思想の系譜、時代背景との接続。
芸術作品を前にすれば、感覚ではなく構造で分解する。
何故それが評価されているのか、どこが革新的なのか、どこが未熟なのか。殆ど誤差無く言語化が出来るそう。
確かに 見る目はある。見る目はあるのだ。
けれど、手先はそれらに伴わず、言い換えれば不器用だ。
絵を描くならば、線を思う通りに引けず。
彫刻をするならば、削り過ぎては仕切り直しの繰り返し。
簡単な装丁補修でさえ、糊がはみ出る始末。
美術に関する論評は完璧なのに、いざ自分で何かを作ろうとすれば形にならない。
理解は出来るのだ。
だが、致命的な程に創り手となるセンスは無い。
その事実を 彼は誰よりも自覚していた。
...まぁ、その事実に対して 特に気にしている様子は無いのだが。
➤ 『感動』の浪漫について
かつては確かにあった。
胸が震える瞬間。理屈より先に涙が滲む体験。
言葉にならない衝動達が。
感動は曖昧だ、再現性がない。
同じ作品でも 昨日と今日で揺れ方が違う。
人によって評価が変わる。
それはどうも不安定な物で。
“ 評価とは基準であるべきだ。”
“ 判断とは論理であるべきだ。”
そう言い続けられ、思考し続ける度。
彼は自分の感情を信用しなくなった。
感情が全く無いかと言えばそうでは無い。
寧ろ、直接表情にせずとも 喜怒哀楽はそれなりにある方だろう。
ただ この仕事上、感動は自身の判断を鈍らせる物であり、感情は誤差を生む物として 認識していると云う状態に近い。
美しいと理解している。優れていると証明できる。
だが、心はどうして動かない。
否、動かないのではない。
自ら 動かないようにしたのだったか。
それは 彼の人間関係も同じであった。
感情に左右される他者、人と云う矛盾だらけの存在。
それらを 非合理 として切り捨てる事で、彼は己の心を傷つけずに済んだのだ。
孤独は決して人としての欠落では無い、孤独は効率だ。
そうして 彼は静かに浪漫を手放した。
それから 暫くして、彼が辿り着いた先は 浪漫の集う巣の世界。
本来なら、最も浪漫を語れたはずの眼。
誰よりも美を理解しているはずの頭脳。
それでも彼は ───
とある国の次期統治者として生まれ育った青年。
彼が、物心ついた頃から教育は始まり、食事の所作から視線の落とし方。微笑の角度に至るまで。
その全てが教育の対象であった。
彼は非常に優秀だった。
覚えが早く、飲み込みも良い。
求められた通りの振る舞いを、殆ど完璧に再現出来た。
その結果、非の打ち所のない美貌と立ち居振る舞いを手に入れる。誰もが見惚れ、誰もが安心する『理想の皇子』。
だが、それと同時に 皇子である自分以外の在り方を、持てなかった。
穏やかで柔らかい物腰。
相手を否定せず、感情を荒立てない。
本音を晒すこともない。
彼は人を嫌わない。
寧ろ人は好きな方だろう。
それでも、距離を測る癖が抜けない。
誰かが差し出す友情、無邪気な好意、純粋な信頼。
その背後に、どうしても 自分の立場 が透けて見えるのだ。
目の前の人物は 自分と対話しているのか。
それとも次期統治者と対話しているのか。
それを確かめる術は今の所 存在しない。
➤ 『対等』の浪漫について
対等な友、対等な恋、肩書きのない関係。
それらは全て物語の中に存在する物で、現実では必ずしも成立し得るものでは無いと 彼は早い段階で理解してしまった。
心を許せば許す程に相手を縛ってしまうのではないか。
それは無意識下の影響力であり、抗えない上下関係であり、選択の自由を奪ってしまうかもしれない恐怖でもあった。
だからこそ 彼は一歩引く。
近づきすぎない、踏み込みすぎない。
そして何より 期待させすぎない。
夢を見るには、あまりにも背負うものが多すぎた。
それでも 彼の心の奥底には まだ願いがある。
友愛と義務が同じ方向を向く未来。
役割を全うしながら、己の心さえも裏切らない在り方。
叶うとも、叶わないとも断じず、ただ 消さずに抱えている。
そんな世界の中、巣というこの場所は 彼にとって初めて肩書きを脱げる場所であった。
そこでの自分は 誰の統治者でも、何の象徴でもない。
上下も 役割さえもない。
ただ 浪漫を失った者同士 として語り合える。
他の紳士達と交わす何気ない会話に冗談。
それらが、彼の張り詰めた日々を僅かに救っている。
彼は一匹の獣人として現世に生まれた。
人の社会に属さず、森や路地、境界線の上を渡り歩きながら八百年以上を生きてきた存在。
捕獲されること、管理されること。
研究対象として分類される事。
そうした枠を本能的に避け続けた結果、彼は何者にもならなかった。
名を持たない、所属を持たない、役割を固定しない。
必要ならば姿を老人へと変え、気分次第で青年になり、時にはただの犬の姿で日向に寝転ぶ。
掴みどころがなく、責任も背負わず、だが決して卑屈ではない。
彼は常に飄々としている。
他者に執着せず、深刻になりすぎない。
揶揄うように笑い、危機さえもどこか楽しむ。
それでも、冷酷さは全くもってなかった。
困っている者がいれば、気まぐれに手を貸す。
感謝を求めない代わりに、見返りも期待しなかった。
思想より、理念より、今この瞬間の体験。
楽しいからやる、面白いから続ける、納得できなければ去る。理由はそれだけだった。
何故、その様な考えに至るのか。
それは 彼が過ごした八百年の歳月の中で、彼は多くの 正しさを目の当たりにして来たからだ。
正しさと云う物は不思議な物で どれも永遠ではない。
だから自分が信じるのは その瞬間の感情だけ。
それだけを頼りに生きているのだ。
➤ 『司書』との出会い
数年前に遡る。
人型の姿で迷い込んだ美術館で、彼は司書と出会った。
静かで、理屈で世界を測る男。
自分は その対極にいる存在。
不思議と興味が湧いたのだ。
そうして その美術館に、あれよあれよと通う度 そこで読んだ一冊の小説。
怪盗アルセーヌという人物に、彼は強く惹かれた。
理由は単純だ、面白そうだったから。
使命でも、反抗でもない。
ただ “ やってみたい ” という衝動。
それ以来、彼は怪盗を演じる様になった。
盗むのは美術館の品だけではない。
その場にある 視線、価値観、退屈。
彼は、それら三つが手に入れば満足なのだ。
➤ 名付けについて
司書から与えられた「シロ」という名。
それは彼にとって、初めて他者から差し出された定義だった。
“ 真っ白だから 。 ”
そう言って自分自身に付けられた名前だ。
周りの人は「仔犬のよう」だとか「そのままだね」だなんて言うけれど、自分はその名前を非常に気に入っている。
だが、それを自分そのものだとは思っていない。
怪盗か、獣人か、老人か、犬か。
どれも正しく自分であり、どれも違うのだ。
また、この名付けにかなり後悔している司書が居るのは また別のお話である。
➤ 『定義』の浪漫について
自分は何者であるか、どこに属し、何を名乗るか。
かつては、どこかに 本当の自分 があると信じた時期もあったのかもしれない。
だが長い時間の中で、それは幻想だと悟る。
定義は檻だ、名は杭だ、所属は鎖だ。
そう理解してしまった瞬間、彼は 何者でもある可能性 と引き換えに、何者かになる定義の浪漫 を手放した。
それでも彼は笑い声を上げる。
追われ、逃げ、名を変え、姿形を変え、定義される前にすり抜ける。
定義を捨て、空白のまま生き続ける存在である自分にとって、怪盗というこの役は あまりにも天職であった。
⚠️ 精神的にかなり可哀想な描写及び宗教的要素が存在します。
⚠️ 本作はフィクションです。実在の個人、団体、宗教、教義とは一切関係ありません。
⚠️ 宗教的要素は物語の背景として独自に作成された物であり、特定の信仰を中傷・勧誘する意図はございません。
──────────────────
彼は、かつて非常に信仰心の厚い人間だった。
神は正しく、祈りは届き、善き人は報われる。
それを疑う理由が無かった。
そんな彼の性格は、よく言えばユニークな物で。
冗談を言い、時には人を揶揄い、どこか肩の力が抜けている。のんびりしていて、細かいことに執着はしない性分だ。
逆に、悪く言えば 少しだらしない所も。
机は散らかりがちだし、自身の荷物の整理も後回し。
だが仕事そのものは驚く程に早い。
それは単純に、面倒事が嫌いだからだろう。
揉め事は長引かせない、決断はなるべく早急に、説教も簡潔。
考え込みすぎないのは性格でもあり、彼なりの生存術でもあった。
そんな彼の傍にはいつも、モニカ という名の女性が居た。
彼の信仰を静かに支える、穏やかな女性だった。
そんな二人は後に夫婦となり、慎ましくも温かな家庭を築き、やがて新しい命を授かる事に。
未来は疑う必要のない程幸せな毎日であった。
だが、幸せはそう長くは続かなかった。
教会の上層部は 彼女を“ 神への捧げ物 ”として選んだ。
彼女、モニカ・ファラフが妊娠中であることも、夫婦の願いも、全て 考慮はされなかった。
彼らを前にして、神意は絶対的な物だった。
そうして当日、モニカは命を落とす。
しかし。幸運にも、お腹の息子だけは生きていた。
それは奇跡なのだと 彼は心からそう思った。
神は自分から全てを奪わなかった。
生きる希望である、彼女との子を残してくれた。
そう信じた。
だが、事実は少しばかり違う。
息子は 既にこの世に存在していなかった。
その肉体には 霊神が宿っている。
霊神が母胎を失った息子の屍に憑依し、肉体を操っているだけなのだ。
それは不幸か、幸いか。
生憎、神父は その事実を知らない。
彼はただ、目の前の奇跡を抱きしめているばかり。
もし、それなりの霊感を持つ者 や 教会の一部の信者達は気が付いているかもしれない。
だからこそ、この出来事の日から 彼はこう噂されるようになる。
『神を抱いた父』と。
➤ 『救済』の浪漫について
皮肉か、はたまた祝福か。
それは受け取り手によって全く違う。
祈りは妻を救わなかった、善き人は守られなかった。
それでも子は生きている。
それは自身にとって、救いなのか。
または、試練と言う名の罰なのか。
未だにその答えを出せないまま、彼は運命に身を委ねる。
「世の全ては神の御心」
そう思わなければ、自分が壊れてしまうから。
このだらしなさも、軽い冗談も、面倒事を早く終わらせる癖も、全部 深く考えすぎない為の術。
ただ彼は今日も祈る。
奇跡を求めてではない。
この疑問を晴らす為でもない。
ただ、目の前の奇跡の父であり続ける為に。
⚠️ 残虐的な描写及び宗教的要素が存在します。(R指定では無い)
⚠️ 本作はフィクションです。実在の個人、団体、宗教、教義とは一切関係ありません。
⚠️ 宗教的要素は物語の背景として独自に作成された物であり、特定の信仰を中傷・勧誘する意図はございません。
──────────────────
彼は かつて天界に属していた存在である。
今や司令が統べるあの領域で、長い時を生きていた。
だがある日、彼はその牢獄から逃亡する。
理由は直接語られない。
反逆か、倦怠か、あるいはただの選択か。
様々な噂が立つが、いずれにせよ 彼はこの天界からの初の脱走者となった。
現在も重要指名手配の対象であり、司令自らが追う 逃亡犯である。
➤ 現在の霊神
力を蓄え、自身への信仰も充分に集まった頃。
残り、自身が現世へと降りる為に必要な物は“ 器 ”のみとなった。
然し。人間の器など集める趣味は無かった上に、現在 自身は投獄されているとなれば、今更自由に動くのは至難の業である。
そう悩んでいる傍ら、自身の耳に朗報が飛び込んで来たのだ。
信者の一人である とある女性が自分へと捧げられた。
彼にとって、その出来事はあまりにも都合が良かった。
そうなれば後は簡単であり、それに憑依してしまえば済む話なのだ。
然し、彼女の身体の中で 一つ気になる点があった。
それは 腹を大きく膨らませている事。
己は人間では無いものの、それが何を意味する事か 彼は即座に理解した。
そうして選ばれたのは、まだ腹から生まれていなかった子供の身体。
大半の人間の習性や、母性父性と言った物がどれ程に強力か。
彼は 理解しているからこそ、そこに甘えるつもりだった。
やがて、その肉体に宿ったのは 霊神そのものであり、器を得た神として そこに存在を果たした。
その後、息子の魂がどうなったのか。
その事実を知っているのは 彼、霊神だけである。
そうして 何も知らない神父は、自身を ただ奇跡的に生き残った我が子として抱き、父として育てるだろう。
霊神はその立場を利用する。
司令が強硬策を取れないように。
天界が自分に手を出せないように。
➤ 神父との関係性について
何より、今の自分は子供である。
小さく、無垢で、守られる存在。
その為、神父や教会関係者の前では 必ず“ 何も知らない子供の顔 ”をする。
無邪気に笑い、甘え、眠り、抱きつく。
その姿は誰が見ても完全な子供の姿だ。
では 人間では無い彼が、何故 そこまでの事が成せるのか。
それは意外にも簡単な話であり、演技ではないと云う事。
彼は本当に 神父の父性に甘えているだけなのだ。
神父は 自分の信者だ。
己を疑わず、迷わず、真面目に祈り続けた男。
霊神は 天界に居た頃から その姿をずっと見ていた。
その為 現世へと降りた理由は 脱走でも、復讐でも、反逆でもない。
真の理由は『彼を気に入った為』である。
真面目で、不器用で、それでも祈ることを辞めなかったあの男を。
救済を失って尚、祈りを捨てなかったあの姿を。
だから自分は その傍にいる。
彼が命尽きるその時まで。
そしていつか、彼が死を迎えた頃。
霊神は彼を天界へと連れて行く。
自分の傍に彼を置く為に。
それは救済でも無ければ、罰でもない。
ただの“ 所有 ” を目的としているのだ。
彼は 宝石を扱う職に就く男である。
鑑定・査定・取引 から 数値・希少性・市場価値 に至るまで。それらを正確に見極める眼を持っている。
だが意外にも彼は、価値とは 価格だけでは定まらないと考えているそう。
石が眠っていた時間、掘り起こされた偶然。
贈られた理由 に 受け取った人の人生。
そうした背景全てを含めてこそ 彼は宝石を『美しい』と感じる。
彼は見た目によらず、非常に穏やかな性格だ。
どんな状況においても、感情を荒立てる事は無い。
また、身に着けられた仮面 や 顔を覆う深い影 により、表情は読み取りづらい。
静かで落ち着いた声をしているものの、言葉を口にする度に 何を考えているのか分からない と言われることも多々。
だが、何か理由があれど 他者を否定する事は決してなく、誰かの価値を貶める事もない。
ただ、人が好きなのだ。
成功も、失敗も、誇りも、後悔も。
全てがその人だけの輝きだと知っている。
それでも。その価値観を 自分に向けることは、どうも 難しい事な様で。
➤ 『価値』の浪漫について
それを失ったことは 自分でも理解していた。
自分がどこか空洞であることも、言われなくとも 分かっている。
だけれど、“ いつからそうなった?原因は?” と、問われれば どちらも思い出す事が困難である。
それでも彼は 自身の原因を探ろうとはしなかった。
掘り下げれば、何かが崩れる気がしたのだ。
だが、思い出す事が出来ないのは それだけでは無い。
よく見れば、彼の胸元には 青い宝石が飾られているはずだ。
それは、名もなければ 由来も分からない、自分でさえも鑑定不能な唯一の宝石。
通常時は青色なのだが、時々 通常時の色とは違った色を見せることもある。
市場価値は不明であり、売り物にもならない。
もはやここまで来ると 宝石なのかさえ 疑わしくなってきた。
そんな石を、彼は 仕事とは切り離して身につけている。
誰にも売らず、誰にも説明はしない。
ただ、肌身離さずに大切にしているのだ。
価値が不明な物は無価値と同義である、なんて言われても、不思議と捨てる事が出来ない。
それは 捨てる勇気が無い訳では無く、彼自身の考えの一つとして、“ 価値が証明できないからといって、無価値だとは思えない ” から なのだろう。
そんな青い宝石は、何となく彼自身とよく似ている気がした。
名も由来もなく、定義も出来ず、時折 色さえ揺らぐ。
幾ら 他者の輝きを肯定しようが、自分という存在だけは どう扱えばいいのか分からなかった。
それでも確かに、石は変わらずそこに在った。
今はまだそれだけで良い気がした。
彼は今日も唯一の輝きに値札を付けては 背景に物語を見出す。
けれど あの石だけは測ろうとはしない。
測ってしまえば、値 が付いてしまうから。
値が付けば、何かが終わってしまう気がするから。
価値を見極める者でありながら、ただ一つだけを評価の外に置いている彼。
そうして 名もなき宝石を抱いたまま、彼は巣へと招かれたのであった。